要介護1?要介護2?介護認定が“軽すぎる”と感じたときの対処法

よくある悩みとヒント
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  1. 「要介護2です」と告げられた日
    1. 「順調に進んだ」はずなのに、心がざわついた
    2. 使いたいサービスが、使えないかもしれないという不安
    3. 認定に疑問を持つことは、悪いことじゃない
  2. でも、たしかに“今すぐ困る”わけじゃない
    1. ひとりで動ける。でも、あと少し手が足りない
    2. 少しの「助け」が毎日必要。でも、それが大きい
    3. だからこそ、「もっと必要なのに」という気持ちが湧いてくる
  3. ケアマネさんに相談したら、はじめて知った“点数の限界”
    1. 「要介護2でもけっこう使えますよ」は本当だった
    2. 限度額=“点数”が上限。現実には制約がある
    3. もっと使いたいと思っても、「制度の中で」は限界がある
  4. 区分変更申請という選択肢があると知った
    1. “もっと使いたい”は、わがままじゃなかった
    2. 区分変更申請は、“状況が変わったとき”にできる
    3. 言ってよかった。知らなければ、ずっと諦めていた
  5. そして、要介護2になった。変わったこと、変わらなかったこと
    1. 支給限度額が上がり、できることが広がった
    2. 「気持ちに余白」が生まれるという変化
    3. ただ、思ったより「すべてが楽になる」わけじゃない
  6. “軽すぎる”と感じたら、やってよかった3つのこと
    1. 1. 毎日の様子をメモしてみる
    2. 2. ケアマネさんに、正直な気持ちを伝える
    3. 3. 「申請すること」を自分に許す
  7. まとめ

「要介護2です」と告げられた日

いろはな
いろはな

「え、これだけ?」
要介護2という言葉を聞いた瞬間、胸のどこかに違和感が残った。
順調に進んだ結果のはずなのに、何かが引っかかっていた。

「順調に進んだ」はずなのに、心がざわついた

母が初めて要介護認定を受けたのは2年前。最初は「要支援2」で、まだ家事も買い物も一人でこなしていた。
私はパートの合間にときどき様子を見に行く程度で、「まだ大丈夫そうだね」と夫とも話していたくらいだった。

その後、段取りのミスや薬の飲み忘れが目立ちはじめ、転倒もあって「要介護1」に。
それでも日々の生活は何とか維持できていたし、私は週に数回の支援で済んでいた。

そして今回、「要介護2です。」と告げられたとき、私はほっとするどころか、なぜか胸がざわついた。
もっと手がかかっている気がしてならなかったからだ。

使いたいサービスが、使えないかもしれないという不安

実際、母の生活は以前より手がかかるようになっていた。食事の用意、服薬の管理、外出の付き添い…。
認知症の症状も進みつつあって、デイサービスでは不穏な言動が出る日もある。

それでも“要介護2”という枠は、「まだ軽い方」と位置づけられているようだった。
ケアマネジャーさんからは「これでもけっこう使えますよ」と明るく説明され、私はうなずきながらも、心の中で何かが引っかかった。

これ以上サービスが必要になったとき、本当にこの認定で足りるのだろうか。
でも、詳しく聞く勇気も知識もなかった。
母本人も「妥当なんじゃない?」と笑っていて、私だけが不満を抱いているような気がしていた。

認定に疑問を持つことは、悪いことじゃない

振り返れば、私はずっと「制度に詳しくない自分が言うのは失礼かも」と思っていた。
でも、家族として感じる“ズレ”は、本当はもっと大切にしてよかったのかもしれない。

ケアマネさんや役所に「これって本当に合ってますか?」と尋ねるのは、わがままでも、失礼でもない。
当時の私はそこに気づけていなかったけれど——、
このあと、サービスの限界にぶつかって、ようやくそのことを実感することになる。

でも、たしかに“今すぐ困る”わけじゃない

いろはな
いろはな

そうなんだよね、実際、“いますぐ大変”ってわけじゃないの。
でも、少しずつ積み重なる“あれ?”が、私の中に引っかかってた。

ひとりで動ける。でも、あと少し手が足りない

母は、今でも一応ひとりでトイレに行けるし、ベッドからの起き上がりもできている。
ごはんもレンジで温めれば何とかなるし、洗濯物も手伝えばこなせてしまう。

だから、「要介護2」という結果も、制度的には正しいのかもしれない。
でも、近くで見ている私は知っている。
——すべてが“ギリギリ”のうえに成り立っているということを。

例えば、朝の支度。服を出しても、順番がわからずに逆から着てしまう。
ごはんを出しても、箸がどこにあるかわからない。
動作が遅いわけじゃない。ただ、“手順”が崩れてしまうのだ。

少しの「助け」が毎日必要。でも、それが大きい

ひとつひとつは、ほんの少しの手助け。
でもそれが朝昼晩、平日休日関係なく続くと、介助する側は体力も気力も削られていく。

たとえば、薬。朝晩きちんと飲めるように用意しても、「飲んだかどうか」を確認しないと不安になる。
通院の付き添いも、今はタクシーを使っているけれど、行き帰りだけで丸半日が潰れる。

母が「ひとりでできる」と言うのはわかってる。
でも、その「ひとりで」は、“本当に安全”とは限らない。
そのちょっとしたズレを、私が毎日カバーしているのだ。

だからこそ、「もっと必要なのに」という気持ちが湧いてくる

「介護って、もっと手がかかるものだと思ってた」
正直そう思っていた。
でも、現実は“手がかからないように見えて、じつはかかっている”タイプの負担が多い。

きっと、認定の仕組みでは“自力で動ける”ことが重視される。
だから、精神的な疲れや、時間の切り売りのような負担は、数字に現れにくい。

でも、私は主婦で、週4で働く社員でもある。
本当にこのままで、日々を回していけるのか。
「もっと支援を受けられたら」と思うのは、間違っているのだろうか。

ケアマネさんに相談したら、はじめて知った“点数の限界”

いろはな
いろはな

「えっ、もう使い切ってるってこと……?」
介護サービスに“使える上限”があるなんて、恥ずかしながらそのとき初めて知った。

「要介護2でもけっこう使えますよ」は本当だった

認定後、ケアマネさんと面談して、ケアプランの説明を受けた。
「要介護2なら、月18万ちょっとまで使えます。意外と多いんですよ」と明るい口調で言われた。

そのときの私は、なんとなく「へえ、そうなんですね」とうなずくしかなかった。
でもその後、デイサービスと訪問介護を組み合わせたプランを提案されたとき、言われた言葉にハッとした。

「この組み合わせで、だいたい限度額ギリギリです」

——え、もう?
私の頭の中では、まだまだ必要な支援がたくさんあったのに。

限度額=“点数”が上限。現実には制約がある

介護保険で受けられるサービスには、“区分支給限度基準額”という上限がある。
これは現金ではなく、「単位」と呼ばれる点数で管理されていて、要介護度が高いほど多く使える仕組みになっている。

例えば要介護2の場合、1カ月あたりの支給限度額はおよそ18万〜19万円相当(約1万6千単位)。
デイサービスは1回あたり約1,200〜1,500単位、訪問介護や福祉用具のレンタルも、それぞれ単位を消費していく。

つまり、いろいろ組み合わせると、あっという間に限度を超えてしまうのだ。
その超過分は「全額自己負担」になる。

私はこの時点でようやく、「要介護2でもけっこう使えますよ」の裏にある“枠”の存在に気づいた。

もっと使いたいと思っても、「制度の中で」は限界がある

じゃあ、もっと訪問介護を増やしたいと思っても、それは現実的には難しい。
限度額を超えてもいいけれど、その分は自費。
母の年金と、私たちの家計を思うと、簡単に決断できることじゃない。

介護保険って、手厚いようでいて、実は“制度の中でどう組み立てるか”がとても重要なんだと知った。

それに、ケアマネさんがどこまで踏み込んで提案してくれるかによっても、支援の幅が変わってくる気がした。
だから私はこのとき、少し勇気を出して、聞いてみることにした。

「限度額って、どうしたら増やせるんでしょうか?」

区分変更申請という選択肢があると知った

いろはな
いろはな

「いまの要介護度が軽すぎる気がして」
そう言ったとき、ケアマネさんが静かにうなずいてくれたのが、なんだか嬉しかった。

“もっと使いたい”は、わがままじゃなかった

限度額の説明を聞いたあと、私はしばらくモヤモヤしていた。
いろいろやってもらえると思っていたけれど、「これで上限です」と言われると、なんだか取り残された気分になる。

でも、ケアマネさんはこちらの状況を丁寧に聞き取ってくれて、私が「もっとサービスを使いたい理由」もきちんと受け止めてくれた。
そのうえで、こんな話をしてくれた。

「今の状態と、認定された内容にズレがあると感じる場合は、“区分変更申請”ができますよ」

私は初めて聞いた言葉に、思わず聞き返してしまった。

区分変更申請は、“状況が変わったとき”にできる

要介護認定は、原則として半年〜1年に1度の見直しがある。
でも、その間に状態が悪化した場合などは、期限を待たずに「区分変更申請」という手続きをとることができるらしい。

たとえば、転倒や入院、認知症の進行、家族の支援状況の変化などが理由になるという。
私の場合、母の認知症の症状が進んだことや、服薬管理の難しさが日常的に増していた。

ただし、変更申請すれば必ず上がるわけではなく、再び主治医の意見書や訪問調査が行われるという。
でも、制度として「見直せる道がある」と知れただけで、私はかなり気持ちが軽くなった。

言ってよかった。知らなければ、ずっと諦めていた

制度って、聞けばちゃんと仕組みがある。
でも、自分から声を上げないと教えてもらえないことも多い。

私は今回、モヤモヤをそのままにせず、思いきってケアマネさんに話してみたことで、はじめて“制度の中の選択肢”を知ることができた。

正直、それまでは「制度に文句を言うのはよくない」「限られたなかで我慢しなきゃ」と思っていた部分もあった。
でも、それって違ったんだと思う。

介護される側にも、支える側にも、それぞれの事情がある。
それを届ける手段が「区分変更申請」なんだと知って、少し勇気が湧いた。

そして、要介護2になった。変わったこと、変わらなかったこと

いろはな
いろはな

「変わったのは、紙の上だけじゃない」
そう実感したのは、母が要介護2に再認定されたあとの日々だった。

支給限度額が上がり、できることが広がった

区分変更申請の結果、母は「要介護2」に再認定された。
私が感じていたモヤモヤが、ようやく制度に反映された気がして、少しだけ肩の力が抜けた。

支給限度額が上がったことで、訪問介護の回数を週1から週2に増やすことができた。
デイサービスも、これまでの「利用できるけど、回数を控えめに」から「必要な日は使える」になった。

ヘルパーさんが来てくれる日は、母も少し表情が柔らかくなる。
私も朝のバタバタが軽減されて、ようやく「会社に遅れないか」と焦る気持ちが減ってきた。

「気持ちに余白」が生まれるという変化

実は、支援が増えて一番変わったのは、私の気持ちだったかもしれない。

これまでは“足りない前提”で毎日をまわしていた。
「これは私がやるしかない」「頼れない」という意識が常にあって、それが知らず知らずのうちにプレッシャーになっていた。

訪問介護が1回増えるだけでも、「ああ、今日は夕飯の準備をゆっくりできる」と思える。
母の様子を見て、心配があればすぐにケアマネさんに連絡できる安心感もできた。

介護は変わらずあるけれど、その“重み”が少しずつ分散されていく感覚が、私にとっては大きかった。

ただ、思ったより「すべてが楽になる」わけじゃない

もちろん、要介護2になったからといって、魔法のように生活が一変するわけではない。
相変わらず母は「私はまだ元気なのに」と言い、私が手伝おうとするとムッとする日もある。

支援の枠が広がっても、使いこなすには工夫がいるし、母の体調や気分によっては、計画通りにいかないことも多い。

それでも、「頼れる手段がある」「制度は使えるものだ」と実感できたことは、私の中で大きな転換点になった。

そして何より、「これは甘えじゃない」と思えるようになったこと。
——それが、この再認定で得られた、いちばんの“変化”だった。

“軽すぎる”と感じたら、やってよかった3つのこと

いろはな
いろはな

「もっと助けが必要だと思うんです」
そう言葉にするまでに、ずいぶん時間がかかった。
でも今振り返ると、あのとき動いて本当によかった。

1. 毎日の様子をメモしてみる

まず最初にやったのは、母の生活の様子をメモすることだった。
トイレの回数や、着替えにかかる時間、服薬の忘れ、料理中のトラブルなど、思い出せる範囲で書き出していった。

最初は「こんなこと意味あるのかな?」と思っていたけれど、これがのちに大きな助けになった。
区分変更申請の際に、主治医やケアマネさんに説明するとき、このメモが説得力を持ってくれたからだ。

毎日見ていると気づきにくい“ゆるやかな変化”も、書き残すことで見える化できる。
あれは「不安を形にする作業」だったのかもしれない。

2. ケアマネさんに、正直な気持ちを伝える

ふだんの私なら、「まだ大丈夫です」「なんとかなってます」って言ってしまっていたと思う。

でもこのときだけは、意識して本音を話した。
「正直、もう少し支援がほしいです」
「自分が頑張りすぎてる気がして」
「一人で抱えるのがしんどいです」

ケアマネさんは、責めたり否定したりせず、黙って聞いてくれた。
「そうですよね」と返してくれるだけで、どれほど救われたかわからない。

介護を受ける人の状態だけでなく、支える側の声も、ちゃんと届けていい。
——そのことに気づかせてもらった瞬間だった。

3. 「申請すること」を自分に許す

最後に必要だったのは、自分自身の“思い込み”を手放すことだった。

どこかで私は、「人に頼るのは申し訳ない」「制度に甘えてはいけない」と思い込んでいた。
でも、それって誰のためにもならない考え方だったと今は思う。

制度は「必要な人が、必要なときに使う」ためにある。
それを遠慮することに意味はない。

もちろん、申請しても必ず通るとは限らない。
でも、声を上げなければ何も変わらない。

区分変更申請をしたあの日の自分に、私はそっと言いたい。
「ちゃんと動いてくれてありがとう」と。

まとめ

介護認定を受けたとき、どこかで「これで少し安心」と思っていました。
でも現実はそう単純ではなく、「本当にこれで足りているのか」と感じる場面が何度もありました。

制度の中には、限度額や支給単位、そして区分変更申請のような“声を上げる仕組み”も存在しています。
ただ、それを知っているかどうか、そして自分の言葉で届けられるかどうかで、支援の広がりは変わるのだと実感しました。

私の母は今、要介護2の支援を受けながら、なんとか自分らしく過ごしています。
私自身も「頼っていい」と思えるようになって、少しずつ呼吸が深くなった気がします。

介護認定が“軽すぎる”と感じたら——
それは、あなたの直感かもしれません。
どうか、その声を閉じ込めずに、信じてあげてください。

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