働くケアラー・田辺さんに伺いました

田辺さん、夜勤と同居介護が同時に始まったと聞きました。最初の一週間、どんな気持ちで過ごしていましたか?

正直、眠気と焦りで記憶が途切れ途切れです。夜は母の尿失禁に備えてトイレへ誘導し、明け方は職場のチャット監視。昼に目が覚めると、もうデイサービスのお迎え時間が迫っていて……。

眠れないまま働く怖さ、そして「ひとりっ子」の重圧もあったのでは?

そうですね。仮眠3時間で母の転倒音を聞いた夜は「自分以外に頼れる人がいない」と実感して震えました。
夜勤シフトと介護タイムが噛み合わず、睡眠は“刻み海苔”になった
田辺さんが夜勤コールセンターに配属されたのは、派遣 8 か月目の春。22:00 のログインと同時に鳴り続けるチャット着信、エスカレーション票、応対後のタグ付け――端末5台を縫うようにマウスが走る。勤務後の6:30、自動ドアの外に広がる早朝の国道は、帰宅ラッシュとは無縁の静けさだった。
しかし自宅の玄関を開けると静けさは一変する。左片まひの母が寝室で尿取りパッドを外そうとしており、ベッドサイドのアラームが赤く点滅。田辺さんは5分で手袋を装着し、シーツを外し、洗濯機を回し、母の体位を変える。その頃には頭痛とまぶたの痙攣が始まっていたが、寝ている場合ではない。8:15、訪問看護師が来宅し、血圧測定と創部チェックをしてくれる間に田辺さんは“45 分タイマー”をかけて床にうずくまる。
ところがタイマーは3分で切れた。コールセンターの Slack から「至急ログ確認お願いします」。母のバイタルを携帯で撮影しながらエラーログに目を滑らせる。頭の中で“睡眠が刻み海苔みたいに細切れ”になる感覚。それでも目を閉じると、今度は母の足元で伝い歩きの音がする。
「寝ることが怖くなった」と田辺さんは振り返る。短く眠れば事故が起きる、長く眠れば仕事が飛ぶ――両方を避ける解は見つからず、唯一できたのは“眠りを測る”こと。スマートウォッチに強制起床アラームを設定し、心拍が 60 を下回ると2分で振動が走るようにした。睡眠を削っては生存確認するような日々。それが1年2か月続いた。
“夜の働き手”と“昼の介助者”――二つの名札を付け替える葛藤
夜勤フロアでは「田辺さんは深夜帯の救世主」と言われる。応答速度は秒単位で記録され、コールセンターマネジャーのレポートで毎月上位。だが本人は、パーティションの内側で「別の名札」を外さずにいる。名札の片面には“介助者”と書かれ、細字で母の服薬時刻と失禁リスクがメモされている。デスクの上で仕事用のヘッドセットがピカピカと点滅するたび、ポケットの中では母の体動センサーがブルッと震える――二重の着信。
勤務先に介護を告げられない最大の理由は契約の不安定さだ。更新可否は応答率とエスカレミスで決まる。介護離席が続けば数値は下がり、次の更新で「代替要員」と差し替えられる可能性が高い。田辺さんは夜勤帯の休憩15分をすべて“母のトイレタイム”に合わせて取り、Slack のステータスを「away」から「available」へ戻す速度までストップウォッチで測った。
その努力は延命策だった。「正社員登用が決まるまで、倒れるわけにはいかない」。ところが無理は無理を呼ぶ。48 時間で計 6 時間しか寝られず、母の体位変換中に腰を痛めた夜、田辺さんは初めて救急車を考えた。搬送は回避できたものの、「ダブル名札ではなく、ひとつに統合する道はないのか?」という疑問が頭を離れなくなる。それは逃げではなく、生き延びるための模索だった。
- 年齢・性別32歳・男性神奈川県横浜市在住。コールセンター夜勤と同時に同居介護を開始。
- 仕事派遣社員(夜勤コールセンター)22:00-6:00を週4勤務。時給1,600円+深夜手当で月収約27万円。更新は3か月ごと。
- 介護母の介護(要介護2)脳梗塞による左片まひと尿失禁。昼は訪問看護とデイサービス、夜間はトイレ誘導と体位変換を担当。
- 介護スタイル同居介護・夜勤両立日中に仮眠、夜は母の見守り。週末はリハビリ訓練付き添い。
- 家族構成ひとりっ子父は5年前に他界。母娘二人暮らしならぬ“母子二人暮らし”。
- 介護歴1年2か月夜勤シフトと並行してワンオペ状態を継続中。
- 金銭状況月4万円弱の自己負担デイ2.4万円+訪看1.4万円+医療・紙おむつ1.2万円。赤字月は貯金取り崩し。
10万円の介護費と“眠らない財布”

田辺さん、月10万円の自費介護は大きな負担ですよね。家計はどう回しているんですか?

正直、回っていません。家賃・光熱費を差し引くと残りは5万円弱。そこから交通費と母の紙おむつ代で一気にゼロです。

それだと赤字続きですよね。どこで補填しているのでしょう。

母の年金と僕の貯金を切り崩しています。最近はメルカリで深夜に古本を売る“半副業”で、月3千円の黒字が出たのが希望でした。
収支表の赤いラインが“次の警報”を教えてくれた
夜勤明け、田辺さんが最初に開くアプリはネットバンキングだ。着金メールより早く「残高3万6,402円」が目に飛び込む。家賃引き落としまで 48 時間、デイサービス利用料の口座振替は4日後だ。スマホの向こうで数字が乾いていく感覚――それが「眠らない財布」と田辺さんが呼ぶ理由である。
彼はスプレッドシートを〈生活費〉〈介護費〉〈変動費〉〈非常用〉の4タブに分け、色で体温をつけた。残高が2万円を切るとセルが濃い赤になり、Slack のプッシュ通知並みに目を突く。「数字が早めに真っ赤になると、次の危機が分かる」。そう話すとき、田辺さんは苦笑より先に深呼吸をした。
とはいえ赤字に気づくだけでは穴は塞がらない。そこで彼が打った一手が「副業は深夜、換金は昼」のサイクルだ。母が昼寝を始める14時、メルカリで売れた古本を一気にコンビニに持ち込み、翌朝 9 時の振込スケジュールに載せる。夜勤前に入金が確認できれば、気持ちのゆとりが生まれる。「睡眠より先に通帳を太らせると、安心して目を閉じられる」――彼にとって睡眠は回復ではなく、ご褒美に変わっていた。
“4つの箱”方式で、介護費の黒字を0→2万円に
田辺さんが家計を分けるきっかけは、訪問看護師から受け取ったレシートの束だった。
「毎月計算しないと、家族さんが倒れますよ」。その言葉に背中を押され、彼は Google スプレッドシートに4列だけ作成し、科目を大雑把に放り込んだ。すると意外な事実が浮かぶ。
- 紙おむつはまとめ買いで 15 %オフ
- タクシーより福祉有償運送が1回 600円安い
- 深夜の電気代は日中の 6 割弱
月末に並んだ数字は、初月こそ赤字3万円だったが、2か月目には−1.2 万円、3か月目には+2 万円の小さな黒字になった。
「要は“眠らせていた割引”が母の介護を支えてくれた」。家計簿の色が赤→橙→黄→緑へ変わる様子に、田辺さんは「数字にも春夏秋冬がある」と感じたという。
赤字が教えてくれた“頼る技術”――地域包括とSlackの二刀流
家計が少し持ち直しても、睡眠不足は相変わらずだった。母の尿失禁アラームは夜3回、多い日は5回鳴る。頼ったのは地域包括支援センターだった。だが窓口へ出向く時間が取れない。そこで田辺さんは深夜1時にメールを送り、担当ケアマネが朝8時に返信する半日キャッチボールを始めた。
「返事を待つ間に不安が膨らむ」と思いきや、Slack の同僚と似たペースでメッセージが返るため、精神的なタイムラグは少なかった。「地域包括のメールは“生活版 Slack”」と名付け、タスク管理ボードに「行政対応」とラベルづけ。夜勤者らしい合理化が、公的支援とリモートでかみ合った瞬間だった。
6週後、訪問看護の回数が週3に増え、田辺さんは「週に1度、母を信じてぐっすり寝る日」を作った。最初の“完徹なしの朝”は、部屋のカーテン越しに陽光がこぼれるだけで胸が熱くなったという。赤字は依然ギリギリだ。けれど数字を四色に塗り分け、頼る先を二層に分けたことで、眠りに値札が付かなくなった。それは金額以上に大きい“収入”だった。
眠れぬ夜が告げた “身体の赤信号”

田辺さん、睡眠4時間未満が続くと体にどんな変化が出ましたか?

まず耳鳴り、それから急に視界がゼブラ模様に揺れました。両足が鉛みたいに重くて階段を降りられなくなったんです。

危ないサインですね。それでも夜勤に立つしかない状況…どう対処しましたか?

意地を張って倒れる前に、睡眠を“分割貯金”に切り替えました。30分ポケットに入れたら必ず利息をつけて返すイメージで。
午前3時、キッチンで崩れ落ちた膝
それは夜勤明け3連続の金曜日。母のトイレ誘導を終えて茶碗をすすいでいると、膝が突如ガクリと折れた。シンクの縁で肘を打ち、視界がブラックアウトする。次の瞬間、冷蔵庫の庫内灯が床に反射して揺れていた。
「転倒したのは母じゃなく自分」――薄暗いキッチンで理解した瞬間、恐怖より先に怒りが湧いた。眠らないで介助しても、倒れたら両方失う。
救急搬送を思い浮かべたが、母のベッドに駆け寄ると静かな寝息。119 の代わりにスマホのメモを開き、崩れた姿勢のまま “睡眠30+30+30プラン” と書き殴った。
- 夜勤休憩15分+タクシー車内15分
- 訪問看護中に20分
- デイ送迎後に25分
「累計90分でもいい、債務返済みたいに刻んででも眠る」。あの床冷えが行動計画になった。
スヌーズを味方に変える“分割貯金”メソッド
翌週から田辺さんはスマートウォッチのスヌーズ機能を「睡眠口座」と名付けた。
- 5分仮眠ごとに振動1回――残高+5
- 30分超の連続睡眠で自動リセット――残高ゼロ
つまり、分割で稼いだ睡眠ポイントは30分連続で眠れた時点で“利息を付けて返済”される仕組みだ。アプリが示す週刊レポートには、睡眠ポイント130→180→215 と右肩上がりのグラフ。単位はあくまで自作だが、「数字が右に伸びれば生存率が上がる」と頭が理解しただけで心拍が落ち着いた。
いろはなが尋ねる。
「分割仮眠はパッチワークみたいで不安定じゃないですか?」
田辺さんは首を振る。
「むしろカケラを縫い合わせる安心感があります。長時間眠れないときは“作りかけの毛布”で朝を迎えていた気分だったから」。
身体を“設備”として扱う発想転換
睡眠ポイント制度が軌道に乗ると、田辺さんは次に「自分の体を設備表に加える」作戦を立てた。コールセンターでは回線使用率とPC稼働率のダッシュボードがある。その余白に “腰椎負荷” と “握力” のセルを追加し、週1で数値を更新。
- 握力35kg以下→体位変換補助具を使う
- 腰痛スコア7以上→外部ヘルパー1回追加
こう決めた途端、介護が“根性行事”から“設備点検”へ姿を変えた。母のケアプランに自分の健康管理シートを並べると、地域包括の担当者が「働く人向けの腰痛講座」を紹介してくれた。田辺さんは講座後に簡易コルセットを装着し、腰痛スコアが5に下がった週に初めて「転倒リスク:母1、自分0」と書けた。
眠りは未だパッチワークだ。それでもキッチンの床で見上げた冷蔵庫灯は、今や“仮眠を忘れるな”という青いステッカーに変わった。
発車ベルより早く、身体の警告灯は鳴ってくれる。大事なのは小さな光に気づく視力を保つこと。そして光が点いたら、一枚のパッチをそっと縫い足すこと。田辺さんは今日も分割貯金を握りしめ、母と夜勤フロアのあいだを往復している。
打ち明けた瞬間、夜勤フロアが味方になった

田辺さん、ついに職場に介護の事情を話せたと聞きました。決心のきっかけは?

母の転倒未遂が続いた週に、夜勤中フロア長から「声がかすれてる」と心配されて。
これ以上隠すと双方に迷惑を掛けると思い切りました。

打ち明けたあとの反応はどうでしたか? 「派遣更新が危うくなるかも」と不安はありませんでした?

数字を先に見せたからか、意外とスムーズでした。応答率98%の月間グラフを提示して「介護で抜ける時はここまで下がる」と説明したんです。
“告白”より先に差し出したのは通話ログと体調メーター
田辺さんがフロア長に提出したのは A4 一枚の簡易レポートだった。左列は直近3か月の応答率・平均通話時間・エスカレーション件数。右列には睡眠ポイント、腰痛スコア、母の排泄介助回数を棒グラフで重ねた。「目で見えると納得されやすい」と踏んだからだ。
プレゼンは3分。
「離席15分で応答率は1.5%下がります。数字を維持する代わりにシフト終盤の2時間だけ座席を通路側に変更させてください」。
数字→課題→要望の順に並べた資料は、顧客への改善提案と同じ構成だ。フロア長はグラフを指差しながら「これ、本社にも共有しよう」と即答した。
派遣という立場で“弱み”をさらすのは賭けだ。しかし田辺さんは、「数字で可視化すれば弱みではなく業務リスクの一要素」と位置づけを変えた。フロア長が求めたのは同情ではなくリスク把握。この瞬間、介護は個人事情から「計算可能な変数」に変換された。
シフト再編は“ジグソーパズル”、小さな凹凸で噛み合った
翌週、田辺さんの座席は通路側になり、チャット監視端末はフロア中央のモニターへ映された。離席中でもチーム全員がアラートを確認できる配置にしたことで、個人タイムロスはチームリカバリへ吸収される。
さらにフロア長は「夜勤終盤に早退可能なフレックス枠」を社内制度から掘り起こし、週1で田辺さんに適用した。フレックス分の欠員は、日勤スタッフが 30 分ずつ残業して埋める方式。「ジグソーパズルみたい」と田辺さんは笑う。みんなのピースが小刻みに動いたことで、大きな空白を覆い隠した形だ。
結果、田辺さんの睡眠ポイントは週平均 260 まで増加。応答率は 97.2%へほぼ横ばいで収まり、派遣更新も問題なく通った。システムは変えていない。動かしたのは席・端末・時間という“凹凸の微調整”だった。この経験は、介護と仕事の両立が必ずしも大改革を要しない証左となった。
“夜勤卒業”までの行程表――副業資格と正社員登用の二本立て
打ち明け以降、田辺さんは「夜勤を続けながら昼勤への橋を架ける」計画を具体化した。
- コールセンター技能資格(SV 試験)合格で時給を200円アップ
- データ入力副業をクラウドサービスで週5時間、月3万円目標
- 実績ポートフォリオを派遣元に提出し、半年後の企業内登用試験を受験
SV 資格の学習時間は訪問看護中の20分×週2と、デイ送迎後に設定した“夕方パワーナップ後の30分”で確保。副業時間は仮眠ポイント制度と衝突しないように、「睡眠口座に90ポイント貯まった翌日に3,000字」とノルマを設定した。
母にも行程表を共有。「次の春には夜勤を卒業できるかも」と話すと、母は「春色の寝間着を新調しようかね」と冗談交じりに笑った。“卒業式の日付”という新しい目盛りが、二人の生活リズムを未来へ引っ張る。
田辺さんはこう締めくくる。
「遠回りでも線路は続いている。切符を握っている限り、終電は自分で選べる」。
「65歳の壁」と4年間のバイパス計画

訪問介護を自費で続ける一番の理由は、やはり「65歳未満は原則・保険対象外」だからですよね。

そうです。母は61歳、要介護認定どころか〈非該当〉。窓口で「65歳まで自費です」と言われた瞬間、地面が一段下がった感覚でした。

あと4年──長いですね。その期間を“赤字ゼロ”で乗り切る計画は?

“長い直線”を4本の短い橋に分けました。①副業拡張 ②生活コスト圧縮 ③親族・友人のスポット支援 ④制度の例外条項の再申請です。
病院の廊下で聞いた「非該当です」の重さ
母が圧迫骨折の診断書を手にした日、ソーシャルワーカーは静かに首を横に振った。「65歳を過ぎないと介護保険の入口が開きません」。
田辺さんはベンチで5分間、数字ではなく4年間という時間の塊を思い描いた。「1,200日の自費介護、累計480万円」。計算よりも早く胸が詰まった。
その夜、東京に戻る新幹線で「制度はドア、でも裏口も探せる」とメモを残す。表玄関を叩き続けるより、裏道を4年間つなげばいい。ここから“バイパス計画”が始まった。
“貯めて・削って・借りて” 三本柱のサバイバル家計
①副業拡張― 深夜メルカリで古本を売り、月3千円→1万円に拡大。さらにデータ入力のクラウドワークを開始。「睡眠ポイント90」で1案件投稿というルールで過労を防いだ。
②生活コスト圧縮― 実家のガス契約を乗換え、基本料金を月1,100円削減。東京の自宅はシェア Wi-Fi に変更し月3,800円減。
③スポット支援― 親戚が月1回“買い出し同行”で交通費を負担、友人がオンライン買い物リストを共有。感謝の気持ちは“実家野菜の定期便”で返し、支援が長続きする仕組みにした。
3カ月後、家計簿の介護費タブは黒字2.4万円を記録。数字は小さいが、田辺さんは「黒字のゼロを見た瞬間、4年が1日縮んだ気がした」と語る。
例外条項に挑む――“通所リハビリ+短期”への布石
最後の柱が④制度の再申請。訪問看護師の助言で、「40~64歳でも特定疾病なら給付対象」という条項に望みを見つけた。骨粗鬆症はリスト外だが、「骨折・転倒を繰り返す長期機能障害」として医師が診断書を再提出。
結果は “支給対象外” のままだった。それでも田辺さんは諦めず、地域包括と連携し短期入所療養介護の自費プランを組む。60分1,900円の訪問介護より、「4泊5日で6万円」のショートステイを挟む方が平均コストを抑えられると試算したのだ。
4泊5日。田辺さんは久しぶりに夜勤を外れ、連続7時間の睡眠を得た。翌朝、母から届いたLINEは
「ホテルみたいに静かで朝の紅茶がおいしかった」
ホッと胸をなで下ろしながらも、「自費でも選択肢がある」と確信を深めた。
4つの橋はまだ途中だ。それでも「走りながら架ける橋」は背後に倒れず、少しずつ前へ延びている。制度のドアが開く日まであと1,100日あまり。数字は冷たいが、橋の上には人の温度と工夫の熱が宿る。田辺さんは財布だけでなく未来予想図にも目を向けながら、今日も“遠距離183キロ”の勾配を一歩ずつ埋めている。
まとめ
田辺さんが見せてくれたのは、「制度の外側」に置かれた家族が、それでも折れずに前へ進む術でした。睡眠を30分単位で“貯金”し、応答率のグラフに自身の体調メーターを重ねる──数字を味方に変えた工夫は、夜勤フロアの同僚も巻き込みながら働き方を少しずつ動かしました。さらに、4年先の介護保険解禁までを四つの橋に区切り、黒字の日をつくるたびに「壁」を削っていく発想は、遠距離183キロの重力を確実に軽くしています。
取材を通じ、私は「小さく刻む」「見える化する」「協力の交通整理をする」という三つの鍵を受け取りました。介護も仕事も一気に完璧にはできないけれど、タスクやコストを細片に分けて並べ替えれば、新しい道筋は必ず浮かび上がる。もし今、制度の年齢要件や距離の壁に途方に暮れている方がいたら、まずは負担を“測れる形”に置き換えてみてください。数字やリストに姿を変えた瞬間、あなたと周囲をつなぐ相談の言葉が生まれます。
そして、目の前の壁が高く見えるときこそ、「橋は走りながら架けてもいい」と田辺さんは教えてくれました。完全な設計図がなくても、一つ目の板を渡せば二つ目の手が届く。あなたが小さな橋板を置くたびに、同じ悩みを抱える誰かの足場にもなるはずです。焦らず、でも立ち止まらず──遠距離でも、制度の外でも、歩みを刻むたびに景色は変わります。

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