デイサービスを嫌がる母と、出勤前の私の朝

このまま遅刻してしまえば、今日は行かずに済むのかな……そんなこと、何度も思ってしまう。
朝の支度中、母のひと言に足が止まる
キッチンに湯気が立ちこめている。
コーヒーメーカーの音、トースターのカチッという音、洗面所で夫が水を流す音。
いつもの朝の音たちの中で、母の声が突然割り込んできた。
「今日は、やめておこうかな……デイサービス」
その一言に、手にしていた保温マグの蓋がカタンと落ちた。
床に転がった金属の音が、朝の空気を切り裂いた。
母はリビングのソファに腰をかけたまま、新聞を広げていた。
でも、ページはまったくめくられていない。
目線も新聞の上ではなく、どこか床のほうをぼんやりと見ていた。
出勤時間が迫る中、言葉を選べずにいる自分がいた
「どうして? 体調が悪いの?」
そう聞いても、母ははっきりとは答えない。
「なんとなく……疲れてるの」とだけ、曖昧に笑った。
あと20分で家を出ないと、電車に間に合わない。
でも、無理やり送り出すのは気が引けるし、放っておくのも不安だった。
「じゃあ今日は休もうか」と言えば、母はホッとした顔をするかもしれない。
でも、それを許してしまえば、次もまた「行きたくない」と言い出すかもしれない。
私は、冷めかけたコーヒーを口に運びながら、カレンダーの予定を頭の中で再計算した。
今日は10時から来客、午後は資料提出の締切……代わりは誰もいない。
“ああ、どうして、こんなときに限って”
そんな思いが、喉の奥につかえたまま、うまく飲み込めずにいた。
母の言葉に揺れるたび、私の中で葛藤が積もっていく

断る理由があるようで、ないようで……それでも、無理には言えなかった。
「行きたくない」の本当の理由は、母にも分からないのかもしれない
「なんとなく」「ちょっとだるい」「人に会うのが面倒」
母がデイサービスを嫌がる理由は、日によって変わる。
でも、どの理由も決定打にはならない。
本音を隠しているような気もするし、自分でもよく分かっていないようにも見える。
「行けば楽しいでしょ?」と聞くと、母はうなずく。
「そうね。優しい人ばかりよ」
それでも朝になると、「今日はやめておく」と言う。
母の心のどこかに、小さな不安のかけらがあるのだ。
家から離れることへの漠然とした抵抗、知らない人との距離、記憶があやふやになることの不安。
それを「嫌だ」と表現しているだけかもしれない。
正論だけじゃ、母の気持ちには届かないと知っている
「行かないとリズムが崩れるよ」
「ケアマネさんも来週、様子を聞くって言ってたし」
私は、毎回そんなふうに“理屈”で説得しようとしてしまう。
でも、母は理屈では動かない。
自分の感覚と感情で、その日の調子を決めている。
「どうして行きたくないの?」と詰めれば詰めるほど、母は口を閉ざすようになった。
無理に連れて行った日、施設から帰ってきたあと、母は黙ったままテレビを眺めていた。
その後ろ姿が、なんだかとても小さく見えて、私は胸の奥が締めつけられるようだった。
「無理に行かせたくない」と「行ってほしい」の間で揺れてばかりいる。
私は母の気持ちに寄り添おうとしているのか、それとも“段取り通りに進めたいだけ”なのか――
自分でも、わからなくなるときがある。
出勤時間が迫るたび、心がざわつく

どっちを優先すればいいの? そんな問いが、毎朝こだまする。
電車の時間と、母の気持ちの間で揺れる判断
スマホの画面に表示された時間は、8時36分。あと4分で家を出れば、いつもの電車に間に合う。
リビングでは、母がまだパジャマのまま、膝にブランケットをかけて座っている。
デイサービスの準備は、ほとんど整ってある。でも、本人の気持ちがまだ“行く”ほうへ向いていない。
「行く? どうする?」と聞く声に、自分の焦りがにじむ。
それが伝わったのか、母は「どうしようかねえ」と曖昧に笑って視線を逸らした。
私は一瞬だけ時計を見て、そして玄関の方を見る。
どちらに歩き出すか、それを決めるのに、いつも迷う。
「遅刻します」と言うまでの、たった10秒がとても長い
心の中では何度も「遅刻します」と上司に連絡している。
LINEを開いて、文章を打ちかけては消し、また打ち直す。
会社には介護の事情を伝えてある。理解もある。
でも「またか」と思われる不安が、指を止める。
「このくらいで仕事に穴をあけるのは甘えなんじゃないか」
そんな声が、自分の中から聞こえてくる。
でも一方で、無理に母を急かして送り出すことのほうが、よっぽど“心の穴”をあける気もする。
結局私は、LINEに「少し遅れます」とだけ書いて送信ボタンを押した。
そして母に向き直り、なるべくやわらかい声で言う。
「ゆっくりでいいよ。着替えるの、手伝おうか?」
母の一言に、思わず声を荒げてしまった朝

そんなつもりじゃなかったのに……自分の声が、自分じゃないみたいだった。
「行きたくない」だけが繰り返される朝に、心が限界を迎える
「やっぱり今日はやめておこうかしら」
母がそうつぶやいたとき、私は洗面所で口紅を引いている最中だった。
今、何時? あと5分。
バッグの中身は……社員証、イヤホン、資料。忘れ物はなし。
でも、母の支度はまだ“はじまってすらいない”。
「もう行くって言ったじゃない。準備もしてあるし」
私の声が少し強くなったのが自分でも分かった。
母は驚いたようにこちらを見て、それから俯いた。
その沈黙が、余計に私を追い詰めた。
「ねえ、またなの? この前も同じだったよね?」
言わなくていい一言まで、口からこぼれ出た。
言ってしまったあとで、胸の奥に残るのは後悔だけだった
母は黙ったまま、ソファの肘掛けに指を添えていた。
その指が、わずかに震えているのに気づいて、私はようやく言いすぎたことを理解した。
「……ごめん」
すぐに言ったけど、母はただ首を振るだけだった。
ああ、まただ。
こうして私は、余裕のなさで人を傷つけてしまう。
母の「行きたくない」は、ワガママなんかじゃなく、きっと心のSOSだったはずなのに。
鏡の前に映る顔は、口角が下がっていて、目元が張っていて、
数年前の自分より、ずっと疲れている気がした。
出勤しても、気持ちは自宅に置き去りのまま

会社にいるのに、心はまだ家のソファに座ったままだった。
職場のパソコンを開いても、指が動かない朝がある
9時すぎに滑り込んだオフィスは、いつものざわめきに包まれていた。
パソコンのログイン音、電話のベル、同僚の笑い声。
そのすべてが、自分にとって「外の世界」なんだと実感する瞬間だった。
椅子に座って資料を開いても、どうしても集中できなかった。
頭の中では、母が家で何をしているかがぐるぐる回っていた。
ちゃんと昼食を食べたかな。水分はとってる? また不安になっていないかな。
私の身体はここにあって、時間も動いているのに、
心だけが、出勤前のリビングに取り残されたままだった。
「大丈夫だよ」と言える誰かがいてほしかった
昼休み、いつもより静かなカフェにひとりで入った。
あたたかいミネストローネの香りに包まれて、少しだけ落ち着いた気がした。
スマホには未読のLINEがひとつ。
ケアマネージャーから、「明日の予定、確認させてください」とだけ書かれていた。
誰かに「今日もちゃんと送り出せたんですね」と言ってほしかった。
「お母さん、今日は落ち着いてますか?」と聞いてほしかった。
でも、それを望むことすらわがままに思えて、
私はひと口、スープをすすって、スマホを伏せた。
職場の理解もあるし、制度も整ってきている。
それでも、ほんの一言、「つらかったね」と言ってくれる存在が、
どれほど心を支えてくれるかを、私は知っている。
家族の言葉が、時にいちばん刺さることがある

わかってる。でも、言われたくなかった。
夫の無意識な一言に、返す言葉を失った夜
夕食の後、食器を洗いながら、私はぼんやりしていた。
今日もどうにか1日を乗り切った。でも、明日もまた同じ朝が来る。
夫がリビングから声をかけてきた。
「最近、おふくろさん、よく休むね。年だなあ」
ただの感想。悪気なんて、ない。
だけど、私は反射的に言い返していた。
「あなた、何も知らないでしょ」
皿を拭く手が止まり、水滴がぽたぽたと落ちて、静かな音を立てた。
夫は驚いたようにこちらを見て、それ以上は何も言わなかった。
その沈黙が、余計に私を追い詰めた。
「大変だね」の一言すらなかったことに、なぜか胸が痛んだ。
「家族なんだから助け合えばいいのに」という正論の圧
ある週末、兄が電話をくれた。
久しぶりの声は、相変わらず軽やかだった。
「仕事、大丈夫? 何か手伝えることあったら言ってね」
ありがたい言葉。でも、どこか“他人事”のように聞こえた。
「母さん、元気そうでよかったよ」
たったそれだけで済まされる現実の重さが、どっと押し寄せた。
「たまには休みなよ。夫さんに頼るとか」
兄の言葉は正論だった。でも、それができないから悩んでいる。
「家族なんだから助け合えばいい」
その通り。でも、誰もその“助け方”を教えてくれなかった。
結局、私がうまく頼れないだけなのか。
それとも、頼った先に返ってくるリアクションに、もう疲れてしまったのか。
どちらにしても、心が少しだけ遠のいた気がした。
まとめ
出勤前の慌ただしい朝に、「今日は行きたくない」と母がつぶやく。
その一言に、私は何度も心を揺さぶられてきました。
母の気持ちを尊重したい自分と、仕事を優先せざるを得ない現実。
このふたつの間で揺れる葛藤は、毎朝のようにやってきて、
少しずつ私の中に“ごまかし方”だけを積み上げていきました。
怒ってしまう日もありました。
「また?」と声を荒げたあとに、ひどく落ち込んで泣いたこともあります。
それでも、「仕方ないよね」と自分に言い聞かせて、また次の日を迎えました。
職場では、何もなかった顔をして仕事をこなしながら、
心のどこかで「誰かに、わかってほしい」と思い続けていました。
母の「行きたくない」は、きっとただの気まぐれではなく、
年齢や記憶や不安の積み重ねの中で生まれてきた“感情そのもの”なのだと思います。
この文章を書くことで、私自身がその気持ちにもう一度向き合えた気がします。
そしてもし今、同じように朝の静かな葛藤を抱えている誰かがいたら――
その心の揺れを、どうか責めないであげてほしいです。
「今日もがんばった」と、自分にだけは言ってあげられますように。


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